かなり怪しい感じでしょ?25歳ぐらい・・・。

 ナゾ・・・。何て淫靡な響きでしょう。( ̄ー ̄)ニヤリッ

此処にこうして横たわる一台の車、多くの人々と共にスポットライトを浴びては突如としてその姿を消した

  数奇な運命と共に今どこに眠っているんでしょう・・・・・。

    

 

この車が私のガレージにいた数ヶ月の間は思い返せば夢のような毎日でした。

朝目を覚ませば、静かな寝息と共にまどろむ赤いドレスの愛人との日々。

 

私の知る限りこの250LM(58※5)は実際に売買された価格は10億をはるかに超えた金額だったと思います。そして市場に提示された最高値は25億だったと思います。32台のLMの内でも、ナンバーを取得し公道を走行したものは他にもありますが、オリジナルのコンディションのまま日本人がNYで走っていたというヒストリーが日本市場でも特異の地位を築いたのかも知れません。

この車に毎日座り、自由にエンジンを掛けて、12気筒の咆哮を聞いていたんですよ。映画「男と女」に出てくるフェラーリ達が目の前にいるような至福のガレージでした・・・・・。

自分にとっての頂点がこの車、250LMでした。

6月30日idlers茂木10時間耐久レースの帰り道、古い友人からの電話でその日のレースの様子を話していた時、「今度筑波でレースがある時に、一緒に出ようか・・・?」「一回しか走った事ないからな・・・・筑波は・・。」「何で走ったの・・・?」

彼の答えは恐らく誰も予想できなかったでしょう。「ほら、例の250LM。岡田さんの・・・・・。」

 

もう一台のLMは58※5が去ってから、入れ替わりの様に我がガレージにやって来ました。

美しくレストアされたレーシングカー然とした姿は、フェラーリレストア界でも名の通った工房で全てを新車のように仕立てられたものでした。ブルーの小さなバケットシート、室内はアルミで飾られ、短いクランキングで12本の細いエクゾーストから弾ける様なサウンドを吐き出します。しかしこの一台も遠い異国の地へ流れてきたほの暗いヒストリーを抱えていました。

僕の正体は、250LM専門のレストアラーだったのです。Σ(='□'=)ウッソー!?

本当は新興宗教団体の教祖(だったら良いのにな〜)

LouisVuittonコンクールデレガンスLondon会場にてNewイオタと

謎が深まるばかりのお話でした・・・。

ジャンジャン!

 

 

古いアルバムから・・・・。

事務所の棚を整理していたら、写真がバラバラ出てきました。「そう言えばあの頃は・・・・・だったな〜」なんて古い思い出に浸りながら、真剣に「あの日に戻りた〜い!(叫び)」と月に向かって毎晩吠えているのです。(爆)

 

●或る所には有る?

959全種類と各国仕様の288GTOがミニカーみたいに並んでる・・・。

手前の大きな羽根は・・・・・・ですよ。

 

●ヽ(~〜~ )ノ ハテ?何でしょう

この車のエンジン音を聞いた人はほとんどいないでしょうね。

ここに納めるのに僕運転しました。もちろん日本国内ですよ。

人気キャラクターのバットマンカーみたいなこの車、何でしょう?

わかった人は掲示板に書き込んで!

 

●マラネロじゃなくて・・。

ここはフェラーリのファクトリーじゃなくて、日本の某所です。

手前の車10台分で奥の一台が買える勘定です。

 

●これは日本車です?

確か色違いが夜の東京で路駐してるカットが石油会社のコマーシャルに使われていましたよね。

でも、その車にはナンバーが付いていた?ちょっとマ…マズイ…(T〜;T)のでは・・・。

現在証明取っちゃだめですよ!

 

●やや貧相な一台

僕が唯一自分名義に登録したフェラーリでした。

でも、フェラーリのマークは付いておらず、名前通りにサウンドもDINOそのものでした。

出来ればもう一回欲しいです。

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